治療過程・病状の変化について 其の二


前回の記事の続きです。

動物霊園へ行ったのは4月9日の事です。
散りぞめの桜にかすかに葉が除き、穏やかな風が吹き抜けていました。

よもさん最後のお別れには、私とK氏と、私の母が立ち会いました。
火葬前、スタッフの方から「小鳥のお骨は綺麗に残らない事もままあるので、ご了承の程云々」と説明がありました。
しかし火葬が終わってみると、それはそれは驚く程綺麗な、まるで標本の様なお骨が台の上に横たわっていました。
火力に吹き飛ばされる事もなく溶け消える事もなく、細かな骨に至る迄その全てが、火葬前に横たえた時と同じ位置から微動だにせずあったのです。
これには、スタッフの方も驚いていました。
三者三様にお骨を拾い、骨壺におさめた後は家へ連れ帰りました。

この時のプクさんは卵管炎が慢性化し、卵管脱の間隔が2、3日に一度、ひどい時は日に2度という程頻繁なものになっていました。
夜間に溜めた糞を出す時にいきむからなのか、早朝に脱出する事が殆どでした。

よもさんへの悲しみは勿論あるのですが、プクさんの状況もまた深刻ですので、日々の治療に気を抜く事は出来ませんでした。
本当の所は分からないのですが、よもさんが亡くなった事でプクさんはやはり寂しかった様です。
今迄よもさんと踊って遊んでいたスタンドミラーの上や食器戸棚の取っ手、冷蔵庫の上、どこにも行かなくなってしまいました。代わりに、今迄一度も近づいた事のない、出窓に置いた木製のラックスタンドが定位置になりました。

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放鳥すると一目散にそこへ飛んでいき、曇りガラスから差込む光を浴びていました。
何も見えない筈の曇りガラスの向こう側を、ずっと眺めていました。

プクさんのかかりつけは、よもさんとは別の病院でした。
もとは同じ病院だったのですが、休診の日に卵管脱になった時(この時はまだ自分で押し戻す事が出来なかった)慌てて別の病院を探し連れて行ったのです。
そこで縫合や入院、長期投薬が発生した事から、そのままお世話になろうと決めました。

1月から2月の間、目を離す時間帯はエリザベスカラーをつけて、卵管脱になっていれば病院へ連れていき抗炎症剤と抗生物質を集中投与するという治療をしていました。
この時点では「今は冬だから」「暖かくなれば去年みたいにまた元気になる」と思っていました。
だから卵管脱になるや否や病院へ連れていっていたのですが、その間隔がどんどん短くなっていき、こうも病院に連れて行くのではプクさんのストレスが半端ではないと考えあぐねていました。
ここでよもさんに脚の異変が現れ、ついに二つの病院を行き来する事になり、八方塞がりになってきました。
会社も午前休を取ったり、文鳥同伴で出社したりと、相当迷惑を掛けていました。
仕事が回っていたとしても、ペットの事でこんなに勝手に動く社員をここまで許す寛容な会社はそうありません。
本人にとって家族であれど、やはり世間一般の感覚で考えれば単なるペットに過ぎません。私の一連の行動はもはや公私混同であり、社会人として完全にアウトでした。

とりあえず自分達でも卵管を押し戻せる様になっていたので、押し戻した後すぐ再脱出しなければ病院には連れて行かない、という方針に変えました。
代わりに獣医さんとは電話で密に連絡を取り、異変があればすぐ問合わせていました(本当に頭が上がりません)。

病院で集中治療を受けて帰ってくると、薬がよく効いているのか元気一杯でうるさい程なのですが、数日程経つとどうも歯切れの悪い様子で、結局一週間もたずにまた卵管脱になる、そういう状態を繰り返していました。
その旨相談した所、お尻を緩めにひと針縫った状態で生活させてみてはどうか、と提案を頂きました。
排泄を妨げず、かつ卵管脱を起こさない程度の強度で縫合する事で経過を観察するのです。
排泄の都度(毎回というわけではありませんが)肛門を洗ってやる必要がありましたが、卵管脱が物理的に抑えられ、症状が快方に向かうのであれば何ら手間ではないと考え早速お願いしました。4月上旬の事です。
かなり太めの糸を緩めに縫って貰いましたが、やはり違和感がある様ですぐ突こうとしてしまいます。
そんなわけでやはり夜間エリザベスカラーは欠かせないのでした。

肛門を洗うには生理食塩水か42度前後のお湯が望ましいとの事です(生理食塩水はコンタクトレンズの洗浄液で代用可)。
お腹をさする様にして、腸に残っている宿便(縫合されていて出切っていない場合がある)を押し出してやります。
これがなかなかうまく行かず何度か病院へ連れて行きました。
糸のせいか、いつも以上にいきんでしまうので不安になりましたが、先生は最低一か月はこの生活を続けてみて欲しいとの事でしたので、堪えておりました。

そうして2週間程経った頃。
K氏と外出した時、糸が入っていたにもかかわらずプクさんはまたしても卵管脱になってしまったのです。
スマホの修理の件で近所のショップに居たのですが、モニタリングでは途中まで何ともなかったのに、帰ってみるとプクさんの下半身はまたも血だらけになっていました。
糸が抜けていたわけではありませんが、結びめは解けてしまっていたようで、その部分を避ける様に卵管が出てきていました。

時間外というのに先生が電話に出て下さり、しかも連れてきて良いと言って下さったのですぐに向かいました。
即入院となり、抗炎症剤と抗生物質を注射で投与するいつものパターンになりました。
発見時かなりの出血が見られたので不安でしたが、プクさんは持ち直してくれました。

今も思いますが、プクさんは根本的に相当丈夫で頑丈だったのだと思います。
先生も「マッチョな子だ」と言っていたし、最初にお世話になっていた病院でも「セキセイインコ並」と言われていました。
だからこそ、幾度にもわたる入退院や治療に耐えられたのだと思います。
あのような病気にさえならなければ、本当はもっと長生き出来た個体なのかもしれません。

まだ続きますが、一度記事を区切ります。すみません。

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よもさんが居た頃は、私に隠れていつもこの床を2羽仲良く探検していました。
いつもなら近寄るプクさんにキーキーつっかかるのに、この秘密探検中だけは嫌がらずに仲良くしていたものです。

プクさんが1羽ぼっちで床へ行こうとするのを見ても、この時ばかりは咎められませんでした。